生い立ちprat7(レース3日間)
こんにちは!
Bodystoic静岡の片寄です😊
いつも読んで頂きありがとうございます。
今日はレース3日間の事を書いてみようと思います!
レース初日!
B級2班として初めてのレースに出る事になりました。
初めてのレース!
初めての観客の前でのレース!
そりゃ緊張で周りなど見えてなかったです。
初レースではテンパリまくりで何を血迷ったか赤板(ラスト2周)で先頭に立ちそのまま逃げる格好を取ってしまったのです。
勿論鐘(ジャン)など聞こえるわけもなく走りながら何処を走ってるのか自分が今何をしているのか全くわかってなかったです笑
そしてラスト1周から全力でスパートしましたが勿論のことながらゴールまで持つわけがありません💦
僕より20歳も上の人に軽く抜かれる次第。
デビュー戦は3着でゴールしました。
もう走っていて苦しいやら緊張でテンパリ自分が自分ではなくなってました😭
そして練習をしてこなかったツケもここでようやく分かるのでした!
デビュー戦は同期が3人同じ開催場所にいました。
僕よりもずっと練習をしていて目の前で1着を取る姿を見ても自分は何とも思わなかったのでした。
そうです!
プロ意識に欠けデビューした事に満足していたのでした。
2日目は準決勝に進む事が出来昨日の失敗をしないよう少し慎重にレースに挑みました。
結果は2着!
やはり先行しても差される。
競輪選手は結果が全て。
1着を取らないと賞金は少なくなります。
ですが当時はまだバブル時代を少しかじっていたので今程の賞金の少なさはありませんでした。
そして決勝戦!
同期が2人いる中で自分はクソ真面目に先行をして軽く捲られしんがり負け(9着)を取ってしまったのでした。
デビュー戦は3着、2着、9着で終わりレースを走れた事に満足してしまい同期が優勝しても悔しいと言った想いが全く出てこなかったのでした。
ここまでお読みになった方なら分かると思いますが本当に『プロ』と言う肩書だけでレースに参加していました。
それに賞金は現金払いなので当時の僕はこの成績でこんなに貰えるの?
と、勘違いを起こしていたのでした。
競輪選手=お金持ち
たった3分出ただけで30万近い賞金を手にする事が出来てしまったのです。
ここでまた自分の中で勘違いが発生して練習は程々にやっていれば走れるし賞金も貰える!
そんな思いで自分の中で強くなる事を諦めてしまっていました。
S級に行きたいとかもっと稼ぎたいと言った考えが出てくるのに5年はかかりました。
そして初めての賞金を頂き帰りに先輩と飲みに行くのでした。
初めて自分で稼いだお金で飲みに行く。
こんな事が出来るのは競輪選手だけだ!
僕の勘違いはここからまた更に加速するのでした笑
当然練習は程々に毎晩飲みに行くこんな生活が毎日続きました。
何故強くなろうと思わなかったのか?
強くなって賞金を稼ぎたい!
こんな思いは儚くも消え去っていきました。
競輪選手と合コンと言えば直ぐに女性は集まりそんな楽しい飲み会を毎日していたら弱くなる一方なのに止まれない自分がいました。
デビューしてからの僕は本当にクズだったと思います。
お客様あってのレースなのに練習もせず飲み会ばかり。
楽しい事ばかりに目が向いてしまっていました。
そして自分が強くならなきゃと強く思い始めたのはB級2班を1年や特別昇班で卒業する同期を見てやっと重い腰を上げたのでした。
僕はB級2班を2年いつづけたのです。
ここまで読んで頂きありがとうございました!
私の屑っぷりを晒してみました!
次回はS級までの道のりを書いていこうと思います!
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