生い立ちprat5(デビュー3ヶ月前)
Bodystoic静岡の片寄です😊
いつも文章バラバラなブログをご覧になってくださりありがとうございます。
これよりデビュー3ヶ月前の事を書いて行こうと思います。
当時は
1月〜4月(前期)
5月〜8月(中期)
9月〜12月(後期)
と3期に分かれていました。
そして
B級1.2班
A級1.2.3班
S級1.2.3班
と階級も分かれていました。
デビュー当初はB級2班からのスタートでした。
卒業した事で自分の中で満足していた部分があったので競輪学校卒業後は『強くなろう』と言う意識に欠け何処かで甘えが出ていました。
勿論同期の存在など考える事も無く自分はもう『プロ』なんだと勘違いをしてました。
勘違いが勘違いを呼びプロとはその道でお金を稼ぐと言う事を当時全くわかっていませんでした。
少し練習しては遊びに行く練習をしては遊びに行くの繰り返しでした笑
今でこそ競輪選手は競輪場(バンク)でトレーニングしますが当時の練習は乗り込みが重きを置いてました。
街道練習がメインで1日40〜50キロ程度乗ってやった気になっていた自分がいました。
そんな練習では強くなるはずもありません。
そうなんです!
実は本当の『クズプロ』だったのです。
学校を卒業する時に2種類の生徒がいます!
それは
『絶対に強くなってお金を稼ぐぞ!』
と
『やっと卒業できた!これから時間に縛られずにのんびりできるぞ!』
とこの2種類の生徒がいます。
勿論僕は後者です笑
時間に制限がないしましてや3ヶ月自由に遊べるとあってほぼ練習らしい練習はしませんでした。
そして同期が死に物狂いで練習してるなんて少しも頭の中にはありませんでした。
自分の中でこれだけやっとけば何とかなるだろう。
これが僕の頭の中にあったのです。
特別師匠からこれをやれだあれをやれだなど言われていなく自分で考えて練習してたので先輩がやっている練習について行って先輩の練習と同等の事しかしてないかったです。
先輩は午前中終われば午後から競輪場でもがいたりしてたのを後で知る事になりました。
そして3ヶ月間それなりの練習しかしてなかった筆者がプロレーサーとしてデビューする日が近づいて来るのでした。
デビュー戦も決まりそこに向かって練習する理由が見つかったのでそれからは少しでも強くなろうと少しだけ練習量は増やしたもののやはりまだプロ意識には欠けていたし自分なら何とかなると思い込んでいました。
そしていよいよデビュー戦!
それは今は無い『花月園競輪場』でのレースでした。
初めての前検日!
もう初めてお会いする先輩に片っ端から挨拶をしたのを覚えてます。
そして2回も3回も挨拶してもう何回目だよ笑
と言われた事を今でも覚えてます。
プロデビューは地元では無く神奈川県の花月園でした。
学校生活の競走訓練や成績などでデビュー戦が決まります。
筆者は在校成績53位で地元デビューを果たすことはできませんでした。
地元デビューを果たせるのは期待されてる証。
そんなに甘くない競輪界。
ここから競輪選手としてプロとして自分が如何に甘かったかを思い知らされる事となるのでした。
それではデビュー戦のブログはまた次回お書きします。
今日も読んで頂きありがとうございました😊
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