敵に教えられ、世間というのも
BODY STOIC静岡パーソナルトレーナーの片寄です。
【敵に教えられる】
自分が正しいと思いこめば、それに意義を唱える人は万事正しくないことになる。自分が正義で、相手が不正義になるからである。いわば敵なのです。だから憎くなるし、倒したくなる。絶滅したくもなります。
人間の情として、これもまたやむを得ないかもしれないですけど、われわれは、我が妨げとばかりに思い込んでいるその相手からも、実はいろいろと益を得ている場合があります。
相手がこうするから、自分はこうしよう、こうやってくるなら、こう対抗しようと、知恵を絞って考えます。
そしてその対抗意識が次第に進歩していくのです。自分が自分で考えているようだけれども、実は相手に教えられているのです。相手の刺激で、自分の知恵を絞っているのです。敵に教えられているというのでしょうか。
倒すだけが能ではありません。敵がいなければ教えることもなくなります。従って進歩もなくなるのです。だからむしろその対立は対立のまま認めつつ、お互いに教えて教えられつつ、散歩の向上する道を求めていきたい。つまり対立しつつ調和する道を求めたいのです。
【世間というもの】
世間というものは、厳しくもあるし、また暖かくもあります。
世間にはめくらの面もたくさんあります。だから、いい加減な仕事をやって、いい加減に過ごすことも、時には見逃されてすぎてしまうこともあるのです。
広い世間には、それだけの包容力があるというわけですが、しかしこれに慣れて世間をあまく見て、馬鹿にしたならば、やがては目明きの面にゆき当たって、身のしまるようや厳しい思いをしなければならなくなります。
また、いい考えを持ち、真剣な努力を重ねても、なかなかこれが世間に認められないときがあります。そんなときには、世間が冷たく感じられ、自分は孤独だと考えて、希望を失いがちになりがちです。しかし悲観する事はないです。めくらが千人いれば目明きもまた千人いるのです。そこに、世間の思わぬ暖かさがひそんでいるのです。
いずれにしても世間は厳しくもあり、暖かくもあります。
だから世間に対しては、いつも謙虚さを忘れずに、また希望を失わずに、着実に力強く自分の道を歩むよう心がけていきたいところです。希望がなくなれば未来もなくなります。世間は自粛で希望も未来も見つけるのは難しいです。
ここで諦めてしまったらアフターコロナにたくさんの楽しいことや、旅行、ショッピングなどにもいけなくなります。まずは、少しでもいいので希望を持ちそして前向きな考え方で今の現状を乗り越えましょう。
自分1人が大変なわけではないです。周りを見てください。皆さん大変な思いをして今を生き抜いています。今ある自分の置かれた立場で現状出来ることを一つ一つクリアしていき、今の生活を愉しみましょう。
また未来は目先にとらわれず3年後・5年後・10年後にどうなるか楽しみに生活するといいですね。
筆者は3年~5年後には自社ビルでトレーニングジムが持てるように日々、努力しています。
敵に鍛えられ、自身の成長としていきたいと思います。
今後ともBODY STOIC静岡を宜しくお願い致します。